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バンコクの大洪水
2011年10月29日 (土) | 編集 |
現在バンコクではかなり洪水の問題が深刻になっている。
日本でもかなり報道されているようで、たくさんの方が心配してメールをくれたり、日本の母や姉のところにメールや電話で安否を尋ね、心配してくださっている。本当にありがたいことだと、日々感謝している。

私が現在住んでいるピサヌロークは、タイ北部にあり、バンコクからはバスで6時間ほど離れている。ピサヌロークは、もう洪水の実質的な被害は全くない。

どうして、「もう」が強調されているのか…。
ピサヌロークおよびその周辺も、少し前までは洪水の被害を受けていた。それは8月の終わりから10月初めの事。日本での報道が始まる前の事である。
私たちが住む寮の横にナーン川と言う大きな川が流れているのだが、この川は「ナコンサワン」と言う町を通って、そこでチャオプラヤ川と合流する。8月末くらいからの連日の雨で水かさが増し、その大量の水はナコンサワンのダムでせき止められていた。
それはバンコクに大量の水を流さないため。そして、そのダムが9月半ばに決壊した。ナコンサワン周辺は大変な被害だった。実はその前からこの辺りは洪水が始まっていた。

その頃私はまだロッブリーに住んでいて、週末ピサヌロークへ何度か電車で通っていた。8月末くらいから、ナコンサワン周辺は、すでに水の中だった。電車の窓から見える風景は、まるで電車が海沿いを走っているかのようだった。新聞の一面にナコンサワンやピサヌロークの洪水の記事が連日出ていた。(もちろん私は読めないが、ゆっきょがピサヌロークに居ることを知っている学生たちが、心配して教えてくれた)

9月半ばくらいからは、ロッブリーでも浸水が始まった。ナコンサワンから流れてくる水が止められているから。チャオプラヤ川の水がバンコク周辺に流れないように水門を閉じて、そこで水をせき止めた。その結果ロッブリー周辺は100年に一度と言われる洪水に見舞われ、大学も休校。隣のシンブリーに至っては、2階までの浸水。

いよいよ水門やダムで水がせき止められなくなり、バンコクへの浸水が避けられない事態になって…。そして、その被害が日系企業が多くある地域での浸水が始まって、日本での報道が始まった。だから、日本で報道が始まった頃には、私たちにとっての洪水の危機的時期は終わっていた。

日本での報道がなされないのは仕方ない。日系企業が打撃を受けなければ全く影響のない事だから。
ただ、今回の水害は首都バンコクを守るために、あまりにも多くの犠牲を周辺地域に強いた結果になったのではないかと思う。もっと早く水を流していたら、ナコンサワンの水害はもっと短い期間で済んだのではないだろうか。実際2か月以上水が引かず、今もどうなっているのか分からない。私が知っている1か月ちょっとは、住民はボートで移動し、比較的土地が高い線路わきにテントをはって生活していた。

首都機能を守るのは確かに大切なことだと思う。しかしその為にどれだけの人が犠牲になったか。数日の浸水で「バンコクはデング熱やその他の伝染病の発生が懸念される。」と報じられている。では2か月、少なくとも2か月間浸水した状態が続いているナコンサワンは?シンブリーは?

琵琶湖の3分の1ほどの水、と言われているほどの水が出ているのだから、私のような素人が考えるほど簡単な問題ではないことは十分承知している。しかし地方都市を犠牲にして首都を守るという現実に、東京の犠牲になった福島の方たちを思わずにいられない。
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