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うまくいかないビザ
2011年09月30日 (金) | 編集 |
朝一でイミグレーションへ。スニサー先生が同行してくれた。
まずワークパーミットのオフィスで書類を受け取り、その足でイミグレーションヘ。すぐに手続きは終わるものだと思っていた。
しかし、係りの人がスニサー先生に何やら言っている。
スニサー先生によると「婚姻証明の翻訳は、大使館の印鑑だけではだめで、タイの外務省にあたる機関に行って、そこでも印鑑をもらっておかなければならなかったらしいのだ。

で、結局1週間のover steyの手続きをしてこれからどうするかを考えるしかないという状況になった。
私が取れる方法は3つ。
1、この1週間で高校の書類がすべて揃い、ピサヌロークでワークパーミットを作れたらビザの延長ができる。
2、バンコクに行って、書類に印鑑をもらい、ピサヌロークで配偶者ビザに変更する。
3、海外に出て、取りあえず観光ビザを取得して帰ってくる。

で、一番いい方法はもちろん1の方法。ただ、これには高校側の協力が必要。スニサー先生が電話して事情を説明してくれた。高校側は「来週の月曜日か火曜日までには何とかしましょう。」とのお答え。
となると、私は月曜日以降もうピサヌロークに行って手続きを完了させなければならない。
スニサー先生やチュティマー先生、ゆっきょと話し合った結果、1週間早めて明後日日曜日にピサヌロークへ引っ越すことにした。

しかし、ここでスニサー先生が「高校での手続きが一度でうまくいく保証はないので、安心のためにバンコクに行って書類に印鑑をもらっておいた方がいいのではないか。」と言い出した。その為に、月曜日に一緒にバンコクへ行ってくれるというのである。そして、「私が安心したいので、その方法を取ってください。」と言われた。確かにその方が安心。それに、今ロッブリーは洪水の問題が深刻なので、バンコクからピサヌローク行きのバスに乗った方が良いとアドバイスしてくださった。その為に、大学のワゴン車を用意してくれて、最後ピサヌローク行きのバスターミナルまで送って下さるという。

申し訳ないけれど、その方がすべてにおいて安心なので、お願いすることにした。

そして、突然に作りをしなければならなくなって、今軽くパニック状態の私です…
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